身をもって知った自主防災の大切さ

きずな1103

もくじ

このサイトについての補足的な説明

このサイトは、東日本大震災から2年の歳月が経過した2013年3月に、任意団体「きずな1103」の管理人が掲載しはじめたものです。

このサイトをお訪ねになられた方の中には、
(1)なぜ津波災害や地崩れ災害への記述がないのか?
(2)なぜこの程度の被災体験を公開したのか?
(3)「きずな1103」は他にどんな活動をしているのか?
といった疑問を持たれた方がいらっしゃるのかもしれないと考え、以下に幾分の補足的な説明をいたします。

津波・地崩れ災害への記述がないのはなぜ?」へ

津波・地崩れ災害への記述がないのはなぜ?

まず、(1)の「なぜ津波災害や地崩れ災害への記述がないのか?」についてですが、当然、仙台市に在住していれば自宅か会社かあるいはその両方において津波災害や地崩れ災害で被災した方々とお話をする機会が多々あります。また、津波災害や地崩れ災害の現場を訪れる機会もありました。

けれども、東日本大震災から2か月後の「母の日」に花屋さんの店頭で白いカーネーションが沢山売られていた仙台市内ですから、
「相手の方がどの程度の悲しみ中にいるかが分からない状況下で自らの被災体験を語ることがお互いにはばかられるからでは」と推測しているのですけれども、
皆さんあまり詳しく被災体験を語ってくださらないので私の手元には記述できるだけの素材が集まっていない、という現実の中にいるためです。

津波・地崩れ災害の体験記録(=体験談)はマスコミ関係の方が聞き書きしたものを含めてネット上に数多く置かれていますので、それらを閲覧していただくこととして、
当サイトからは、(フィギャアスケートの羽生結弦選手の被災度よりは軽度な)一般的な仙台市民の被災実態をお汲み取りいただければと思っています。

この程度の被災体験を公開したのはなぜ?」へ

この程度の被災体験を公開したのはなぜ?

また、(2)の「なぜこの程度の被災体験を公開したのか?」についてですが、私も、車で三陸の海岸沿いや仙台平野の海寄りの道路を走ることが時々ありましたから「たまたま『400~600年に一度の大津波を伴う大地震』に冠水被災地で遭遇しなかっただけなのでは」と考えていますし、
「この程度の被災体験は多くの仙台市民にとって『被災体験の領域に入らないという認識のもの』だろう」と思っています。

しかし、「被災前史」のページ群に記したような「震度5弱の地震」を含む複数回の地震を体験し、それなりの防災対策を行なってきた上でなお、個人的に大ダメージを受けてしまったのですから、
その被災体験(=体験談)を多くの方が閲覧できるかたちで公開することには社会的な意義があるとも考えました。

「東日本大震災のさらなる大余震」「首都直下地震(リンク先:東京都防災ホームページ「地震の被害想定」)」「南海トラフ巨大地震(リンク先:内閣府防災情報のページ「南海トラフ巨大地震対策」)」など今後あるかもしれない巨大災害が発生したときには、
「自宅で就寝中に遭遇」しようが、「勤務先で屋内にいるときに遭遇」しようが、「路上を歩いているときに遭遇」しようが、安全を確保できるように備えておくことが大切だからです。

そして、巨大災害が発生した際に身の安全を確保できた後には「周りの人々はみな被災者、勤務先や取引先も法人・事業者としての被災者」という地域社会での生活が待っているわけですから、
私的な復旧作業に割く時間ができるだけ少なくて済むよう事前にやれることはやっておくことも大切です。
自らの反省の気持ちを込めて書かせていただいた「『家具の固定』『水と食糧の備蓄』から始まる家の中のさらなる整備の大切さ」についての訴えからも、なにがしかのメッセージをお汲み取りいただけることがあれば幸いです。

『きずな1103』の活動は?」へ

「きずな1103」の活動は?

都市部での被災体験記の公開

さらに、(3)の「『きずな1103』は他にどんな活動をしているのか?」についてですが、任意団体「きずな1103」の最初の仕事がこのサイトの開設でした。まだ段ボール箱の中にあるものも多いのですが、いま手元で参照できるメモだけでも整理して、(図書館などで最低限の補足調査を行って)、一個人の私的体験記を掲載することで少しは社会のお役に立ちたい、というのが最低限の達成目標です。

いわば、個人のホームページを「きずな1103」という名称で開設したようなものですけれども、
多くの親類縁者の方々が物心両面で傷つかれたのにお見舞いもできていないですし、ある方に(東日本大震災の発生から1年8か月後の時点で)「いずれご訪問」とハガキに書き添えて投函したところ
「(遠方に住む兄弟たちから『手伝いに行きます』という申し出があったが)散乱した私物を選別して片付ける作業は自分でやるしかないので、いまの生活可能空間は自宅内のほんのわずか。近所の人とは玄関先での立ち話で済ませているけれども、二人で座ってお茶が飲める(畳2畳分)程度を片づける必要があるから訪問日まで何週間いただける?」
という電話がかかってきて「お見舞い訪問を受ける方々の負担」に気づかされ、お見舞いにも行けなくなっている状況下ですので、
より重度被災の親類縁者の方々にご迷惑をおかけするメッセージが意図に反して届くようなことがあったときに備えて、このサイトは任意団体名で開設いたしました。

自治体別の被害想定の可視化

なお、「首都直下地震」と「南海トラフ巨大地震」などについての自治体別の被害想定のページ群については、
以前、ほとんどすべての中央省庁を担当課レベルごとに必要があれば取材で訪問していた経験があるので、お役人の皆さんが起案し予算取りをし議会の了解を得て個別の政策を実施していく一般的な手順を理解できることと、
その手順の中では「『防災』も含めて国民(=自治体の住民)にどういうかたちで理解しやすい判断材料を提供して政策展開上の協力者になってもらうか」という部分があまり重視されていないこととが分かっていましたから、
念のために2つの巨大災害についての被害想定報告書を全ページ読んでみたところ、案の定「これで判断して国民の皆さん『その日に備えて』」というにはあまりにも難解な内容でしたので、エクセルで集計し直して自治体別の被害想定として再構成したものです。

内容分析手法を使った防災情報の提供

また、「被災体験」と「被害想定」以外の防災関連ページ群については、
学生時代にコンテンツアナリシス(内容分析)という手法を使って外交・防衛分野の論文を書いたことがあるのですが、その何年か後に慶応義塾長という学校法人の理事長と大学の学長を兼務する職務に就かれ後に勲一等旭日大綬章と文化勲章を受章された法学部内のゼミ指導教授の先生から「『二院制の下での参議院の仕事』に相当するのだろうけれども『内容分析という手法』は有効だったね」という講評もいただけていますので、
他サイト上に投稿されている大多数の記事とは異なり、基本的に「『内容分析』というデータ解析手法」を使って書き進めつつあるものです。

本筋を外れますが、1984年から4年間設置された臨教審(臨時教育審議会)の会長代理を兼務された後、先生はゼミのOB会で「小中学校での25人学級化の必要性」に言及されるようになりました。
「少人数教育の実現」などをめぐる有識者の意見は2010年に文部科学省が行った「『今後の学級編制及び教職員定数の改善に関する教育関係団体ヒアリング』意見概要」に見られるとおりですが、
ゼミ合宿の時だけ一緒になる2学年で25名程度の学生に対するご自身の指導経験と審議会で展開された議論とを重ね合わせて「25人学級化論」を強調されることになったものと推察しています。
先生のゼミ所属学生へのご対応ぶりはグーグルプラスページへの投稿記事「『きずな1103』のページを改訂いたしました」に記したとおりですので、
「小中学校での25人学級化」や「少人数教育の実現」にも関心をお持ちの方はご参照ください。

果たしたい「復旧・復興と自主防災態勢強化への貢献」

いずれにしても、当面コンテンツの充実に努めた後、
(報道量がだいぶ減ったことで全国の皆様にはあまり伝わっていないのではないかと思われる)被災地での復旧・復興をめぐる諸問題の解決と、
政府・自治体の取るべき対策が分かっていても(いろいろな力関係の中で)なかなか進まない「心配される2つの巨大災害」などへの個々人でできる自主的な防災対策の深化とに、
幾分なりとも貢献できるように努力を重ねていきたいと考えています。

なお、2016年4月11日付のグーグルプラスページへの投稿記事「『レンタルサーバーの引越し』を行ないました」に書いたような「『ページ表示速度の向上』のための改善作業」を行なったところ、
直後に「平成28年(2016年)熊本地震」が発生したこととあいまって、
4月14日から4月23日までの10日間分を見ると、総閲覧ページ数は(瞬間最高風速的なものとはいえ)前月同期間比の40倍とけた違いに増えましたし、
同じ期間中に熊本県内からあった1アクセスあたりの平均閲覧ページ数は総平均の2倍、平均閲覧時間は総平均の4倍、で共に47都道府県の中で断トツのトップとなりました。
「熊本県在住の方々に『生活再建の参考資料』として閲覧していただける日がくる」とはまったく考えていませんでしたので、このサイトが社会のお役に立てていることを実感でき、本当にうれしく思っております。

 

 

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